マンチェスター・バイ・ザ・シー Manchester By The Sea
2017年
監督:ケネス・ローガン
主演:ケイシー・アフレック
出演:ルーカス・ヘッジズ、カイル・チャンドラー、ミシェル・ウィリアムズ
受賞歴:アカデミー主演男優賞、脚本賞、英国アカデミー賞主演男優賞、その他数多くの賞を受賞している。
好きな映画です。
『世界に一つのプレイブック』を思い出しました。
ちょっと違うけど近いものを感じました。
私はこの映画がとても好きだと思いました。
兄のジョー(カイル・チャンドラー)の死をきっかけに、主人公のリー(ケイシー・アフレック)が、今住んでいるボストンから故郷マンチェスターに戻り、過去や現実と向き合うという物語。
マンチェスターにだけは戻りたくないのに。辛い記憶がつきまとって人生がストップしてしまった彼が、マンチェスターに戻り何を感じるのか、といったところが描かれていました。
大きなショックを受けた人々が互いに支え合う。誰にでも起こりうる悲しみ。すごく不幸で信じられない壮絶な経験だけど、実際にあり得るような話だし、とても現実的でした。すごく感情移入させられました。
日常に潜む深い悲しみ。
といったところでしょうか。
そして、役者が上手い!
何度泣かせるんだ、という感じでした。
細やかで繊細な演技で、とてもとても丁寧に大切に演じている気がしました。
特に主演のケイシー・アフレックの演技はとても素晴らしいものでした。微妙な感情や、繊細で不器用な雰囲気をどうしてこんなにも上手く表現出来るのだろう?と思いました。
だからこそ彼は、数多くの主演男優賞をものにしているんですね。
なんとなく『バッファロー66』でヴィンセント・ギャロが演じた役に似ているような気がしました。繊細で不器用で、上手く感情表現ができないからこそ時々キレちゃうとか、そういったところが少し。
印象的な場面が3つあります。
- 兄の葬儀にリーの元妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)がやってくるシーン
- 甥っ子のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)が冷凍庫にある鶏肉を見て取り乱してしまうシーン
- 元妻ランディと偶然街で会ってしまうシーン
兄の葬儀に元妻ランディがやってくるシーン
このシーンはスローモーションになっています。ランディ以外にも色々な関係者が協会にやってきて、リーはみんなと抱き合いながらよく来てくれた的なあいさつをしています。
ランディの番になった時も当然抱き合ってあいさつをするのですが、抱き合ったあとのリー、ケイシー・アフレックの表情が絶妙です。
別れた原因はリーの不注意による事故で子供を失ってしまったことだったので、リーは彼女に強くものを言えない立場だし、愛しているけど離れなきゃいけなかったんでしょうね。
ものすごく久しぶりに会う彼女は、自分と一緒にいた時とは見た目が少し変わっていて、新しい旦那もいて妊娠もしていて、自分と違い、過去の悲しみを背負いつつもそれを払拭するかのように前へ前へと進んでいます。
抱き合ったあと、リーはすごく悲しそうで複雑そうな表情をしているけど、それを前面には出さないようにしている、、けど出ちゃってる感じが表現されていました。うーん、上手い!
そして、兄の親友役を演じたC・J・ウィルソンがその雰囲気を悟って彼の背中を優しくさするところもすごくいいです。
甥っ子のパトリックが冷凍された鶏肉を見てパニクるシーン
パトリックは今注目されている若手俳優の、ルーカス・ヘッジズという方が演じています。彼は、ちょっと前に日本でも上映された、『レディ・バード』で主演の女の子の1人目の彼氏役として出演しています。
彼が注目されるきっかけとなったのが、このマンチェスター・バイ・ザ・シーです。
冷凍庫を開けたら、大量の冷凍チキンが滑り落ちてきてしまい、何度入れようとしても滑って落ちてしまう。このチキンを冷凍庫に入れたのはきっとリーなんだろうけど、あーなんでこんなに詰め込んだの?って感じでちょっとイライラしてるのかなぁと思ったら、突然パトリックは泣き出してしまいます。
それまで、父親が死んでしまったというのに、普段通り自分の趣味に打ち込んだり、女の子といちゃいちゃ楽しんだり気丈に振舞っていたのに、急にパニックになって泣いちゃうんですよ。
それまでの冷静な振る舞いがあるからこそ、彼のその状態はすごく印象的でした。
冷凍チキンを見て「お父さんを冷凍したくない」って言うんですよ。
あぁ、そうだよね…。すごく悲しい言葉だし、すごく愛おしいと思わせる台詞だなと思いました。
思春期でなんとなく親と距離のある時期だけど、やっぱり父親を愛しているし、彼を食品と同じように冷凍するなんてやっぱり嫌だっていうのはとてもよく分かります。
すごく人間味があると思います。心を揺さぶられるシーンでした。
元妻ランディと偶然街で会ってしまうシーン
リーは街をほっつき歩いていたら偶然にも元妻に会ってしまうんですよ。子供を連れています。
そこで長い年月を経て再開した2人が、お互いに違う道を歩み、色々なことを考え、考え抜いた末に、という段階で会話をするわけです。
ランディは、あなたにきつく当たり過ぎた、本当にごめんなさいと言います。今でも愛していると言います。泣きながら。
彼女がそれまでためていた思いをリーにぶちまけるのですが、リーはいいよ、とか大丈夫だから、としか言えないところがすごく印象的でした。
リーは言葉数がとても少なくて、言いたいことを上手く言えないところがあります。
一方ランディは、素直で正直に思ったことを口にできるタイプです。
あの事件があったあと、リーがどれほどランディに責められたか、というのは容易に想像できます。
元妻にずっと長いこと負い目を感じて生きてきたリーが、この彼女の言葉によって少し救われるんですね。偶然出会ってしまってはじめはすごく気まづかったけど、会って彼女が話してくれたことで長い年月の末にリーの心が救われるという感動的なシーンでした。
この映画は、主人公たちの現在と過去が行き来しながら描かれていて、徐々に彼ら、というか主に主人公の“事情”というものを知ることになります。
最初は、主人公はとても無愛想で、人をイラつかせるような発言をしたり、酒場でけんかをふっかけたりして、どうしようもない人だな、という印象を抱いてしまいます。
ですが、彼の過去の回想シーンが繰り返されることにより、彼の人生を大きく変えた事件のことを知らされます。そうすることで、彼の“未完成な人物像”を受け入れることになり、更には同情させられ、かわいそうだという気にさせられます。
むしろ無愛想でいられるだけすごいのではないか、本当は狂ってもいいレベルなのではないか、と思いました。
始めからそういった悲しい過去の情報を観る側に与えず、徐々に見せていくことで、彼に何があったのか?とすごく興味を持たせる効果があると思います。
リーは子供を失うあの事件があるまでは、とても明るくておちゃらけていて、家族を愛し、すごく表情豊かなユーモアのある人だったのに、事件がきっかけでまるで人形のように、ただただ生きてる人になってしまっていました。
だけど、兄の死によりマンチェスターに戻ってきて、色々なことが起こり、それでもやっぱりマンチェスターには辛すぎていられないという決断を下すものの、止まっていた彼の人生は再スタートしたと思います。
兄のジョーはいつもリーを支えていました。死んでしまってもなお、彼に救いの手を差し伸べ続けているんですね。
感動的です。