判決、ふたつの希望 THE INSULT
アカデミー外国語映画賞:(レバノン映画で初)ノミネート
ヴェネチア国際映画祭:最優秀男優賞受賞 カメル・エル=バシャ(パレスチナ人)、金獅子賞、女優賞、審査員特別賞ノミネート
東京ではTOHOシネマズシャンテでしか公開されていませんね。
カメル・エル=バシャという人は、左のおじちゃんです。
ジアド・ドゥエイリという方は、調べてみるとクエンティン・タランティーノのアシスタントカメラマンをしていたという経歴の持ち主。
レバノン出身の彼自身の経験を元に今回の映画が作られたみたいです。
レバノン映画とはこれまで縁がなく、アラビア語をあんな長時間聞き続けることもそうそうないので、耳に新しい感じがしました。そして、レバノンの実態が描かれていたので、その点に関して非常に勉強になりましたし、その国の歴史にも興味関心が湧くきっかけとなりました。
とても良い映画と言え、見応えがあり非常に面白かったです。
この映画の見所はこの2つだと思います。
1、パレスチナ問題の現状、国民の実情
2、裁判において繰り広げられる弁論
1、パレスチナ問題
パレスチナという土地で沸き起こった紛争などを総じてパレスチナ問題と言います。
宗教的、政治的など様々な要因が複雑に絡み合った問題です。
ユダヤ人
ユダヤ人の父祖であるアブラハムが、神によって子孫たちにパレスチナの地を与えられることが約束されています。
また、大昔にはパレスチナでユダヤ人によるイスラエル王国が栄えます。
ユダヤ人にとってパレスチナは、神と約束を交わした土地であり、自分たちの先祖が栄えた大切な土地なのです。
アラブ人
ローマ帝国によりユダヤ人が追い出され、その後オスマン帝国によりローマ帝国が滅ぼされ、アラブ人によってパレスチナが統治されます。
アラブ人にとってパレスチナとは、イスラム教創始者のムハンマドがかつてエルサレム(イスラエル、パレスチナ自治区にある)に向かって礼拝を行い、また、ムハンマドが神と出会った場所なので、アラブ人にとってもとても大切な場所です。
第一次世界大戦において、イギリスがユダヤ人とアラブ人に対し、パレスチナに国を作って良いよーという同じ約束をします。(三枚舌外交)イギリスはパレスチナを統治したかったのです。イギリスはどちらの約束も破ってしまうので混乱が生まれます。
ユダヤ人はそれでもパレスチナに自分たちの国を作るべく、パレスチナへ移住します。もともといたアラブ人がユダヤ人に追いやられる形で、パレスチナ難民となるわけです。
本当はナチスによるユダヤ人迫害など、もっともっと色々な出来事が影響していますがこの辺で。
こういった歴史を抱え、今現在も紛争が絶えず、心身共に人々が傷つけ合っています。憎しみ合いが留まることを知らないわけです。
今回の映画は、紛争などにより生まれ蔓延る憎しみが、全く面識のなかった個人へと向けられ、それが裁判となり、国を動かす問題に発展してしまう、という内容になっています。
イスラエル側のアデル・カラム演じるトニーは、パレスチナ難民のカメル・エル=バシャ演じるヤーセルに直接何かされたわけでもなく、個人的恨みもなかったけれど、自分の辛く許せない過去とパレスチナ人を重ねてしまい、ついつい腹立たしい気持ちを彼にぶつけてしまうのです。
そんなちょっとした“ムカつく気持ち”が生んだ行動が、暴言・暴力に発展し、裁判沙汰となり、国をも巻き込んでしまいます。
人々の怒りがまたもや助長されてしまうのです。
そうやって周りがヒートアップしていく中、裁判を重ね、2人はお互いの過去や信念を知り、特にイスラエル側のトニーは徐々に冷静になっていく様が描かれています。
ヤーセルの車が動かなくなり、そこでトニーが何も言わず車を直すシーンがあります。このシーンには胸を打たれます。
信仰するものが違い、生まれ育った場所も違う、世の中的には憎しみ合う人種である2人だけど、同じように傷ついていて、人種というものを除けば2人共同じ土地に住まうただの市民なんです。
2人共、自分たちの信じる正しさに向かって生きているだけなんです。2人がいがみ合う理由なんて宗教人種問題を除けばないのです。というか、個人的には別に何の恨みも持っていないはずなので喧嘩する必要なんてなかったんです。
裁判を通して、それに気づいていく様が垣間見えました。
そんなことで喧嘩しても何も生まれない。あの国ではみんなそれぞれ心や身体に傷を負って生きている。“誰が悪いか”なんていう問いに答えは出せない。
責め合っても傷を増やすだけなんです。
それならば手を取り合った方がいい…って思いますけど、現実はそう上手くはいかないからこれ程までの問題に発展しているわけですが。
映画の中で争っていた2人がそのことに気がついていく様が描かれていて、それはとても素晴らしい価値観の変化だと思います。
トニーは、許せん!みたいな感じで最初はとても熱くなっています。それに対し、パレスチナ人のヤーセルは、若い頃は自分の信じる正しさに従い行動して人を傷つけた過去があるけど、より歳をとっていて、人生経験もトニーよりもあるせいか、何かを悟っていてあまり争おうとはしません。その対比も面白い。
2、裁判において繰り広げられる弁論
この映画の見所は、弁護士を演じる役者たちの弁論にもあります。
もう言い返せないのでは?と思えるくらい詰められても、すぐに切り返すその発想力は関心せざるを得ないし、あの視点の切り替えやプレザンテーション力はとても勉強になると思います。
裁判の傍聴をしてみたいとずっと思っているのですが、今度誰か誘って勇気を出して行ってみようかな… と思いました。(笑)
この映画は、非常に考えさせられる映画でした。国の問題がその国に暮らす一般の人々の心にどんな風に影響していて、どんな辛いことを強いられているのか、遠い国の実情を知ることができました。
とても良い映画と言えます!おすすめです☆